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心が折れる

「おばちゃんの心を折ったらあかんと思って、否定しなかった」
カフェで近くの席からふとこのことばが聞こえてきました。
そして昨日、ある新聞の記事の見出しに
「心が折れた」(救急医療現場の医師) とありました。

この成語はまだ日本語国語辞典には出ていないのですが、インターネットの新語辞書
(http://www.kw-guide.jp/index.html)にはあります。

意味はわかりますが、どうも座り心地の悪い成句です。
なぜ、しっくりこないのか・・・

「心」は物理的に折ることができないからでしょうか。
慣用表現の「~が折れる」の例は
・骨が折れる
・腰が折れる
・相手が折れる など
これらは本当に折ることができ(できそう)ます。
「翼の折れたエンジェル」という歌の歌詞があったのを思い出しました。

語源は格闘技界だそうですが、ただ「くじける」といより「精神的な」ニュアンスを付け加えた表現に思います。
カフェで聞こえたきたのは、20代前半の女性が言ったことばです。
この使い方は「傷つける」という意味だと想像しています。
早くも使い方のバリエーションが出てきているんですね。

個人的には好きな表現ではなく私が使うことは今のところありませんが、オリジナルはうまい比喩表現だと思います。
定着しそうな予感・・・



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テーマ : ことば
ジャンル : 学問・文化・芸術

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No title

90年代前半に柔道から女子プロレスに転向した神取忍さんか元クラッシュギャルズのライオネル飛鳥さんのコメントで(飛鳥との対戦を回顧した神取コメントだったか)、

(寝技で対戦相手の腕を背面にひねった状態から)
「折ってやろうと思ったんだ。心をね」

とかいったのがあって、肉体的なダメージを受けても闘争心がそがれない者でも、自分の目では見えない位置で痛めつけられると恐怖感から闘争心をそがれる……というようなことでした。
インタビューをルポ記事にまとめてるこのライターにとっても、「心を折る」という言葉が活字として一般的に伝わるものとは思ってなかったのでしょう。

腕をひねりあげた状態で「折ってやろうと」というので、
「脱臼とか靭帯損傷させる危険を承知の上で相手を倒そう」というのか? と一度は思わせてそうではなく
「こいつには勝てないという意識」を刻みつけてやる……という強烈な対抗意識からの荒技であったことを補足させています。

その後、「グラップラー刃牙」という格闘マンガで、日本のジムに所属する外国人ボクサーが故郷で祖父から伝えられた言葉「心が折れることを言うのだ」を回想し、「心は…折れぬ」とつぶやくシーンがありました(雑誌掲載~単行本収録は94-95年頃か?)。
この時点で「心が折れる」という言葉のニュアンスが読者側に伝わるようになっていたとも言えますし、知名度の高めな少年マンガのセリフで使われたことから飛躍的に広まった(読んでいた人間が使い、友人が使っていたからとそんなマンガ読んだことない人にも知られるようになる)のかもしれません。

実際のところいつ頃から使われ始めてるのだろうか? と検索してみて、このブログ書き込みにあたりました。

いつの間にか一般的に認知された言葉となっていたようですね。
プロフィール

Author:隊長
台湾で日本語教師をしています。
中国語に悪戦苦闘の毎日を送っています。

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