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見れない

インターネットで日本のドラマを見るのが、日課になりました。
このタームはなかなか面白いドラマが多かったです。
一番好きだったのが『四つの嘘』次が『正義の味方』でした。
でも、リンク先をクリックしても動画を見られないことが多いです。

そのリンクサイトのコメントに非常に気になる現象があります。
コメントされている人たちは、100%と言っていいぐらい「見れない」と表記しています。

この「ら抜きことば」をどうこう言うわけではないんです。
私が気になるのは、日本を離れて1年ちょっとのあいだに、「見れない」が「見られない」にとって変わったのかということです。
今はどのぐらいの人が「見れない」というのでしょうか。
1年前は、若い世代および、小さい子供を持つ親世代(40代ぐらいまで)が「見れる」という表現していたように思います。
だいたい、インターネットで動画を見る世代までと重なりますかね。

日本語教育では2グループ(二段活動)の動詞の可能は「語幹+られる」としか教えません。
「語幹+れる」は「ことばのゆれ」という扱いをしています。
でももし90%以上の日本人が「語幹+れる」と言うのであれば、この「ゆれ」の日本語を無視するわけにはいかないと思います。

幸い(?)海外ですと、この「ゆれ」の日本語を耳にすることはほとんどないので、質問されることはありませんが、日本の現場ではどうしてるんでしょうね。
もう「『見れる』や『食べれる』という人もいます」という言い方ができない状態ではないでしょうか。

個人的意見では、書くときの「見れる」という表現はとても気持ちが悪いです。

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テーマ : ことば
ジャンル : 学問・文化・芸術

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積極的には・・・

私の場合は、「ら抜き言葉」を積極的に教えることはありません。しかし、こうも一般的に使われている現状を考えると、教えないわけにもいかないような気もします。学生から質問があった場合には、ちょっと紹介する程度に留めています。
でも、いつか「ら抜きことば」の社会的地位がもっと向上する日も来るかもしれませんね。
以前、社会言語学の教授がおっしゃっていました。
「言語は大多数が使ってしまえば、認められるものなんだよ・・・その言語が正しいか、間違いなんて、さほど問題ではないのかもしれないね」

No title

「ら抜き」はもう市民権を得たと考えたほうがよさそうですね。
文頭の「なので」も、成長著しいですね。
私は保守的な人間なので、両方とも使えません。

プロフィール

Author:隊長
台湾で日本語教師をしています。
中国語に悪戦苦闘の毎日を送っています。

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